唐津焼 買取


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唐津焼




No1.
古唐津水指
桃山〜江戸初期
30万円

No2.
絵唐津茶碗
桃山〜江戸初期
50万円

No3.
古唐津平茶碗
桃山〜江戸初期
30万円

No4.
古唐津茶碗
桃山〜江戸初期
40万円


No5.
古唐津編笠形茶碗
桃山〜江戸初期
30万円

No6.
絵唐津茶碗
桃山〜江戸初期
38万円

No7.
絵唐津編笠形茶碗
桃山〜江戸初期
20万円

No8.
古唐津酒盃
桃山〜江戸初期
28万円


No9.
古唐津茶入
桃山〜江戸初期
30万円

No10.
古唐津編笠形茶碗
桃山〜江戸初期
20万円

No11.
絵唐津編笠形茶碗
桃山〜江戸初期
29万円

No12.
三島唐津大鉢
江戸前期
17万円


No13.
唐津流釉水指
江戸中期
13万円

No14.
古唐津茶碗
江戸初期
25万円

No15.
献上唐津雲鶴文茶碗
江戸中期
20万円


  唐津焼とは肥前国唐津藩を中心とした肥前地方一帯で焼成された陶器です。
名称は唐津港から積み出しされた事に由来しています。
「一楽、二萩、三唐津」の言葉にあるように茶陶の分野では早くから評価を受けています。
この地は嘗て松浦党領袖であった波多三河守親の支配下にありましたが、
文禄の役における失態を理由として、1593(文禄2)年に豊臣秀吉より処罰を受けます。
替わって尾張国出身の寺沢志摩守広高の領地となり、肥前国唐津藩が成立しました。
唐津古窯跡の中でも最も早い創業とされるのが岸岳山麓に点在する諸窯です。
岸岳は海抜約320bの山麓で波多氏が山城を築いて居城した地でありましたが、
波多氏の没落に伴って岸岳の陶工達は肥前各地に離散したとされています(岸岳崩れ)。
波多氏没落と岸岳諸窯の廃業は1593(文禄2)年以前から焼成された根拠の一つとされます。
唐津焼の創始については諸説様々で曖昧模糊とされていますが、
多くの発掘調査や研究から室町時代終焉頃とするのが近年の定説となっています。
創世期は室町末期頃だとしても唐津焼は文禄・慶長の役に始まったといっても過言ではなく、
桃山〜江戸初期にかけて優れた作品を多く焼成した隆盛期を迎える事になります。
連房式登窯を始めとした朝鮮からの技術導入が日本の窯業に齎した功績は計り知れません。
唐津焼はその殆どが一般庶民の日用雑器として量産されたものですが、
点茶が流行した桃山〜江戸初期頃には茶人間の目に留まって茶陶に見立てられました。
中には茶人や茶道具商の注文による茶陶生まれの作品もありますが数少ないです。
この雑器的な素朴さも唐津焼の大きな魅力であり、現在も高い評価を受け続けています。
17世紀に入ると唐津焼にとって大きな事件が生じる事になります。
渡来陶工・李参平(和名:金ヶ江三兵衛)による泉山陶石の発見と磁器焼成の成功です。
伊万里焼の生産拡大に伴い、唐津焼は大打撃を受けて衰退の意図を辿る事になります。
江戸前期以降は二彩唐津や献上唐津に特色が見られるもの以前程の魅力は失われました。