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柿右衛門焼合資会社
| 11代酒井田柿右衛門(1845〜1917)は1885(明治18)年に「渦福」銘を商標登録しました。 その結果、他窯で「渦福」銘は一切使用できなくなり、 「渦福」銘のものは柿右衛門窯の作品を意味するようになりました。 12代柿右衛門(1878〜1963)は近代柿右衛門の復興に絶大な功績を残した人物です。 廃藩置県によって藩の統制下にあった窯業が自由化され、急激に世の中が移り変わる中、 11代の遺志を受け継いで柿右衛門窯の復興に情熱を注ぎました。 しかし、困難な世相と厳しい経済状態の中で転業を決断する寸前にまで追い込まれ、 1919(大正8)年に実業家の小畑秀吉と共同経営の契約を交わします。 小畑が出資、柿右衛門が「渦福」銘と技術を提供し、柿右衛門焼合資会社を設立しました。 柿右衛門焼合資会社の設立年については肥前陶磁史考・柿右衛門焼合資会社の項から 1925(大正14)年となっていますが、正しくは登記謄本から1919(大正8)年と考えられています。 しかし、量産重視の小畑と優れた美術品を制作したい職人気質の12代の間に確執が生まれ、 僅か8年という短期間で12代は1928(昭和3)年に柿右衛門焼合資会社を脱退しました。 合資会社で使用していた「渦福」銘は法理上、契約期間の満50年は会社所有権として残り、 「渦福」銘を奪われた柿右衛門家は新たに「柿右衛門作」という銘に切り替えました。 満50年の契約期間を終え、1969(昭和44)年に「渦福」銘は柿右衛門家に返還されましたが、 既に「柿右衛門作」銘で定着している為、後に使用される事はありませんでした。 合資会社は1969(昭和44)年に窯号を「仁和窯」に変更するまで「渦福」銘を使用しました。 |