古美術、骨董品、茶道具の買取・ご売却に関するご相談を受け賜っております。
長年培ってきたキャリアと豊富な売買データを活かし、
(株式会社)美術倶楽部等における現在の取引相場を基準に査定を致しまして、
適正価格にて誠実な買取(即日現金お支払い)をさせて頂きます。
当店では店頭、ホームページでの小売販売に力を入れておりますので、
好みや注文品に副える作品でございましたら、
可能な範囲内で精一杯の買取をさせて頂きます。
古美術、骨董品、茶道具は土地や株式と同様に大切な財産の一部でございますので、
お客様にご満足・ご納得頂けます事を第一として尽力させて頂きます。
主な買取・ご売却方法は下記の通りでございます。
ご相談、プライバシー等に関しましての秘密事項は厳守させて頂きます。
どのような些細な事でも結構でございますので、
先ずはお気軽にお電話・メール等でご連絡下さいませ。
最後まで誠心誠意、責任を持って受け賜らせて頂きます。
〒802-0006
福岡県北九州市小倉北区魚町3-4-20
天平堂今林古美術店
代表責任者 今林 博
TEL・FAX (093)551-5330
info@tenpyodo.com
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【 主な買取品目 】
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茶道具 三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)の書付物や好み物を始めとし、 千家十職、古い茶道具まで幅広く買取致しております。 茶道教室を始める為に稽古道具をお探しのお客様もいらっしゃいますので、 数がまとまっている場合には直接のご紹介もさせて頂きます。 |
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現代作家、人間国宝 現代作家、人間国宝の作品を買取致しております。 下記を始めとする著名作家は精一杯買取させて頂きます。 (山口県)三輪休雪、坂高麗左衛門、坂倉新兵衛、坂田泥華、田原陶兵衛 (佐賀県)酒井田柿右衛門、今泉今右衛門、井上萬二、小野珀子、中里太郎右衛門、西岡小十 (その他)河井寛次郎、大樋長左衛門、小山冨士夫、三浦小平二、細川護熙 |
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初期伊万里 初期伊万里とは1616(元和2)年に肥前有田(現:佐賀県)で生まれた日本で最初の磁器です。 素焼きを行っていない創成期故に素地の強度不足や、 焼成時における収縮率からの破損、亀裂、歪みが生じたりする事も多くありました。 陶工により描かれた素朴で味わい深い絵付けも初期伊万里の特徴の一つです。 技術的には未完成ですが、 完成期には見られない初々しさや大胆さがあります。 |
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古九谷 古九谷様式とは江戸前期に肥前有田(現:佐賀県)で焼成された伊万里焼の様式です。 1640〜50年代になると染付を中心とした伊万里焼に色絵技法が導入され、 この目覚しい技術革新で初期伊万里が新たに発展した古九谷様式へと変貌を遂げました。 中国の模倣に始まった色絵磁器が日本独自の展開を見せ、 茶人好みの作品も多く造られました。 青手古九谷、色絵古九谷、藍九谷、吸坂手等に分類されます。 |
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柿右衛門 柿右衛門様式とは延宝年間(1673〜81)頃を中心に、 肥前有田(現:佐賀県)で焼成された伊万里焼の様式です。 絵師の手による余白を活かした繊細な絵付け・精緻を極めた作行を特徴とし、 優雅で気品高い柿右衛門様式は欧州の王侯貴族を魅了した高級花形商品として、 V.O.Cによって大量に積み出しされた磁器の中でも特に根強い人気を博しました。 更に「濁手」と呼ばれる純白色の温かみある柔和な素地は色絵の鮮麗さをより際立たせ、 以後のマイセンやシャンティーイにおける欧州磁器の焼成に大きな影響を与えました。 |
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古伊万里 古伊万里とは江戸中期に肥前有田(現:佐賀県)で焼成された磁器です。 型物に代表される国内向けの作品も知られていますが、 異国趣味をかきたてる様々な品種の輸出作品を主体としていました。 染付に色絵と金彩を多用して絢爛の限りを尽くした「金襴手」は古伊万里の主体を成し、 元禄年間(1688〜1704)の繁栄を示すが如く優麗華美な世界を展開しました。 |
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鍋島焼 鍋島焼とは肥前国佐賀藩鍋島家の庇護の下に、 松浦郡大川内山の鍋島藩窯で焼成された精巧で格調高い特別の磁器です。 日本では唯一の官窯的性格を持ち合わせた世界に誇れる最高傑作品であり、 その技術練度は柿右衛門様式を遥かに凌いで極めて高い評価を確立しています。 主に将軍家や諸大名への献上贈答品に充てられ、自藩御用品としても使用されました。 江戸時代を通して採算度外視で焼成している為に一般には全く市販されませんでした。 |
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唐津焼 唐津焼とは肥前国唐津藩を中心とした肥前地方(現:佐賀県)で焼成された陶器です。 名称は唐津港から積み出しされた事に由来しています。 「一楽、二萩、三唐津」と謳われるように茶陶の分野においても高い評価を受けています。 唐津焼はその殆どが一般庶民の日用品として量産されたものですが、 点茶が流行した桃山〜江戸初期頃には茶人間の目に留まって茶陶に見立てられました。 この雑器的な素朴さも唐津焼の大きな魅力の一つです。 |
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上野焼 上野焼とは豊前国小倉藩細川家の庇護の下に御用焼として焼成された陶器です。 小堀遠州の好みを受けて創出された遠州七窯としても知られています。 初代藩主・細川忠興(号:三斎)は関ヶ原の軍功で丹後国宮津から豊前国中津に国替えとなり、 1602(慶長7)年に豊前国中津から豊前国小倉へ入封しました。 忠興は渡来陶工・尊楷(和名:上野喜蔵)を召し抱え、 上野郷に本格的で大規模な形態を備えた釜ノ口窯を開窯しました。 |
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高取焼 高取焼とは筑前国福岡藩黒田家の庇護の下に御用焼として焼成された陶器です。 藩窯の流れを汲んだ高取焼の窯は運命ともいえる浪々とした移窯を繰り返してきました。 小堀遠州の好みを受けて創出された遠州七窯として知られ、茶陶が中心に焼成されました。 その起源は文禄・慶長の役の際に召致されてきた渡来陶工・八山(和名:高取八蔵)が、 初代藩主・黒田長政の命で鞍手郡鷹取山麓(現:福岡県直方市)に開窯した事に始まります。 |
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平戸焼 平戸焼とは肥前国平戸藩松浦家の庇護の下に御用焼として焼成された陶磁器です。 純白な肌に御用絵師の緻密な絵付けが施され、 細工・彫刻で知られる多種多様の技法は他窯では見られない至芸です。 松浦家が一貫して補助を続けた事で知られており、 茶道・鎮信流の大名のお好み窯だけに繊細優美な神経が隅々にまで行き届いています。 |
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現川焼 現川焼とは肥前国彼杵郡矢上村(現:長崎市現川町)で焼成された陶磁器です。 素地のきめ細やかさに特徴があり、 陶器でありながら磁器を思わせる薄造りの作行は入念な水簸から生み出されます。 鉄分を多く含んだ素地に技巧を凝らした各種の刷毛目技法が用いられ、 鉄釉、呉須、胆礬、白泥で空間美を意識した瀟洒な絵付けが施されています。 京の優雅風流を留めた現川焼は「九州の仁清」という名に相応しい妙趣ある美です。 |
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亀山焼 亀山焼とは長崎村伊良林郷垣根山(現:長崎市伊良林)で焼成された陶磁器です。 1814(文化11)年には天草陶石を用いて今日に「亀山焼」と賞賛される磁器焼成に転じます。 窯の経営は1843(天保14)年に至っては運上銀さえも払えない困難な様相となりますが、 1859(安政6)年の長崎奉行・岡部駿河守の時に御用陶器所として再興されます。 しかし、幕末という時期も悪く奉行所の衰退に伴い、1865(慶応元)年に閉窯となりました。 坂本龍馬がこの亀山焼の跡地で亀山社中を設立したのは間もなくの事です。 |
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薩摩焼 薩摩焼とは薩摩国鹿児島藩島津家の庇護の下に御用焼として焼成された陶磁器です。 文禄・慶長の役で朝鮮半島から陶工を招致してきた事が開窯の契機となっています。 庶民用の黒薩摩(黒物)、藩主用の白薩摩(白物)を始めとして、多彩な種類が知られています。 1873(明治6)年のウィーン万国博覧会に出品された12代沈壽官の作品が好評を博し、 名声は飛躍して世界を市場にした錦手の大盛況時代を迎えました。 この華麗な装飾陶器は「SATSUMA」の商標で輸出され、欧米諸国で特に愛好されました。 |
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平佐焼 平佐焼とは鹿児島県薩摩川内市天辰町で焼成された磁器です。 1786(天明6)年に領主・北郷久陣の庇護の下に伊地知団右衛門が肥前から陶工を召致し、 薩摩川内市天辰に北郷窯を開窯したのが本格的な開始とされています。 薩摩国に磁器窯が設けられた目的は肥前磁器の流入を抑制して産業振興を計る為でした。 経営は軌道に乗って藩内のみならず、 奄美大島、琉球方面にまで販路を広げて盛況を呈したとされています。 |
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萩焼 萩焼とは長門国(現:山口県)萩藩毛利家の庇護の下に御用焼として焼成された陶器です。 「一楽、二萩、三唐津」と謳われるように茶陶の分野において高い評価を受けており、 当時から絶大なる人気を誇っていた事が窺えます。 毛利輝元は千利休の弟子として名高い大茶人であり、 利休から受け継がれた高麗茶碗への傾倒が萩焼の原点ともなり、 茶陶としての地位を揺るぎないものとしていきます。 |
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備前焼 備前焼は無釉焼締めの素朴な様式を千年に亘って貫き通してきた陶器です。 小山冨士夫が命名した六古窯の一つにも数えられます。 鎌倉時代から大甕、壷、摺鉢等の日用品を焼成していましたが、 室町時代後期に至ると侘茶の世界で用いられるようになって作風は大きな変化を遂げます。 桃山時代という時代的特色を明確に示した代表的な作品は茶陶でありました。 |
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清水焼 清水焼とは京都市東山区清水(旧:清水門前)を中心に焼成された陶磁器です。 江戸後期には五条坂も含めた広域を指したとされ、 現在では京焼全体を指す事もあります。 江戸後期に磁器の量産が開始されると陶器から磁器へと生産主流が移行していきます。 磁器生産が主流になる以前に焼成された陶器を清水焼磁器と区別して「古清水」と総称します。 |
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瀬戸焼、美濃焼 瀬戸焼とは愛知県瀬戸市を中心に焼成された施釉陶器です。 陶磁器を「瀬戸物」と呼ぶように焼物の代名詞として知られており、 広義には東濃地方で焼成された美濃焼も含みます。 近代まで瀬戸窯とされてきた美濃桃山茶陶が、 1930(昭和5)年に荒川豊蔵が美濃産である事を実証したのは日本陶磁史の大きな功績です。 |
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中国古美術 中国古代から清朝時代までの中国古美術を買取致しております。 下記を始めとする中国古美術は精一杯買取させて頂きます。 アンダーソン土器、青銅器、銅鏡、唐白磁、唐三彩、唐加彩、磁州窯、影青、河南天目、鈞窯、 耀州窯、珠光青磁、砧青磁、天竜寺青磁、七官青磁、景徳鎮官窯、万暦赤絵、嘉靖金襴手、 法花、古赤絵、天啓赤絵、古染付、呉須赤絵、餅花手 |
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朝鮮古美術 高麗時代から李朝後期までの朝鮮古美術を買取致しております。 下記を始めとする朝鮮古美術は精一杯買取させて頂きます。 高麗青磁、粉青沙器、鶏龍山、李朝白磁、李朝染付、辰砂 |
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掛け軸、書画、絵画 古書画、墨蹟、日本画、古筆、消息、断簡、画賛、短冊、色紙、浮世絵、仏画、洋画を始めとし、 版画、リトグラフ、シルクスクリーンまで幅広く買取致しております。 |
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蒔絵 梨地蒔絵、高蒔絵、研出蒔絵を始めとした硯箱、文台、冠台、棚の買取を致しております。 |
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西洋古美術 マイセン、シャンティイ、チェルシー、ボウ、エミール・ガレ、ウェッジウッドを始めとした 西洋古美術の買取を致しております。 |
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仏教美術、ガンダーラ ガンダーラ、ストゥッコを始めとした仏教美術の買取を致しております。 ガンダーラ彫刻とはガンダーラ地方(現:パキスタンのペシャワル地方)で、 インドの仏教とギリシア・ローマの造形美術が融合した宗教美術として名高いです。 |
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オールドノリタケ 株式会社ノリタケカンパニーリミテド(Noritake Co.,Limited)は、 愛知県名古屋市に本社・工場を置く世界最大級の高級陶磁器メーカーです。 社名の「ノリタケ」とは創業地である則武(現:愛知県名古屋市西区則武新町)に由来します。 1904(明治37)年に森村市左衛門によって日本陶器合名会社として設立されました。 第二次世界大戦が終結する1945(昭和20)年までの作品はオールドノリタケと呼ばれ、 貿易商社・森村組の手で英国や米国に向けて輸出されました。 |
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象牙 象牙(原木・磨牙)の高価買取を致しております。 象牙の売買・譲渡には(財団法人)自然環境研究センターが発行する 「国際希少野生動植物種登録票」が必要になります。 申請書の記入等でご不明な点がございましたら、 私方におきましてもご助力させて頂きます。 |