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| No2.金襴手水注 | ||
| 作者 | 小野珀子 | |
| 状態 ・ 詳細 | 完品 | |
| 寸法 | 径 | 17.3×11.6cm |
| 口径 | 5.7×5.7cm | |
| 注口径 | 1.8×1.3cm | |
| 高さ | 25.2cm | |
| 底径 | 7.5×7.5cm | |
| 備考 | 佐賀県重要無形文化財 | |
| 商品番号 | ( 8889 ) | |
| 価格 | 30万円 | |
| (降り物) | なし | (焼き上がり) | 大変良いです |
| (釉切れ・釉剥げ) | なし | (釉薬・顔料の発色) | 大変良いです |
| (使用擦れ) | なし | (器形の歪み) | なし |
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ご覧になりたい角度や箇所、ご質問等がございましたら お気軽にお申し付け下さいませ TEL・FAX (093)551-5330 福岡県北九州市小倉北区魚町3-4-20 天平堂今林古美術店 |
| 小野珀子 1925(大正14)年〜1996(平成8)年 小野珀子は小野琥山の長女として愛知県に生まれました。 1931(昭和6)年に父は勤務していた名古屋製陶所を辞職し、 福島県大沼郡会津美里町瀬戸町に琥山製陶所を設立して一家は移住しました。 不況な時代であった事も重なって父の経営は困難を極めますが、 1939(昭和14)年に佐賀県嬉野市嬉野町下宿に小規模ながら琥山製陶所を移設しました。 珀子だけは福島県に残り、女学校卒業まで叔父の許に預けられました。 1943(昭和18)年、会津若松高等女学校を卒業後、嬉野に戻って家業に従事しました。 その頃の琥山製陶所は有田の問屋が盛んに買い付けるようになって活気を帯びていました。 1948(昭和23)年に東京の大串家に嫁ぎましたが、 1960(昭和35)年に協議離婚して嬉野に戻り、父の琥山製陶所デザイン室に勤務しました。 1964(昭和39)年、加藤土師萌の釉裏金彩の技法に魅せられて独学で技法研究を行いますが、 数年間は数多くの失敗を重ねました。 1970(昭和45)年、九州・山口陶磁展で第一席を受賞しました。 日本工芸会西部工芸展で朝日銅賞を受賞しました。 佐賀美術協会展で文化会議長賞を受賞しました。九州毎日陶芸展で準大賞を受賞しました。 1971(昭和46)年に日本工芸会西部工芸展で朝日金賞を受賞し、 出品作品が東京国立近代美術館に買い上げられました。 佐賀美術協会展で知事賞を受賞しました。佐賀県展で日本経済新聞社賞を受賞しました。 1972(昭和47)年、長崎放送局長賞を受賞しました。 日本工芸会西部工芸展で玉屋賞を受賞しました。 1973(昭和48)年、北京の日本大使館に飾る為、作品が外務省に買い上げられました。 毎日新聞社賞を受賞しました。日本工芸会正会員となりました。 1974(昭和49)年、迎賓館内の日本館に作品を納品しました。 1981(昭和56)年、日本陶磁協会賞、文化奨励賞を受賞しました。 作品がニュージーランド・シドニー美術館に買い上げられました。 1985(昭和60)年、呉市立美術館、敦井美術館に作品が買い上げられました。 1986(昭和61)年、外務省に作品を納品しました。 1988(昭和63)年、アルゼンチン美術館、外務省に作品を納品しました。 1992(平成4)年、佐賀県重要無形文化財に認定されました。 日本を代表する女流作家で金箔を大胆かつ繊細に使った釉裏金彩や金襴手を得意とし、 その華麗な手法と現代的感覚を複合させた豪華絢爛で幽玄な世界観を展開しています。 釉裏金彩とは焼成した磁器の表面に金箔を低温で焼き付け、 更に金箔を安定させる為に上から低音で熔ける釉薬を掛けて再び低火度焼成する技法です。 図案構成された金箔が青や黄色の色釉の下から艶やかで幻想的な光彩を放っています。 |