| No5.薩摩錦手菊花文瓶 | ||
| 時代 | 明治初期 | |
| 状態 ・ 詳細 | 完品 | |
| 寸法 | 胴径 | 13cm |
| 口径 | 2.4×2.4cm | |
| 高さ | 23.5cm | |
| 底径 | 7.7×7.7cm | |
| 備考 | 帯山 製 | |
| 商品番号 | ( 7288 ) | |
| 価格 | 25万円 | |
| (降り物) | なし | (焼き上がり) | 大変良いです |
| (釉切れ・釉剥げ) | なし | (釉薬・顔料の発色) | 大変良いです |
| (使用擦れ) | なし | (器形の歪み) | なし |
|
ご覧になりたい角度や箇所、ご質問等がございましたら お気軽にお申し付け下さいませ TEL・FAX (093)551-5330 福岡県北九州市小倉北区魚町3-4-20 天平堂今林古美術店 |
| 京薩摩とは明治初期頃より京都で焼成された輸出用の色絵陶器です。 幕末に江戸幕府は各国と修好通商条約を締結し、 1867(慶応3)年のパリ万国博覧会等において、 薩摩錦手が好評を博した事から京都でも貿易輸出品として盛んに生産されました。 特に錦光山を始めとする粟田口焼の陶家がこれに参画し、 1870(明治3)年には錦手の彩画技法が完成したとされています。 1872(明治5)年、錦光山宗兵衛と帯山与兵衛が輸出用製品を焼成しました。 この頃から神戸(兵庫県)の外国商館と取引を開始し、本格的に欧米諸国に輸出されました。 1873(明治6)年のウィーン万国博覧会に出品された12代沈壽官の作品が好評を博し、 名声は飛躍して世界を市場にした錦手の大盛況時代を迎えました。 1877(明治10)年の西南戦争等により本薩摩(鹿児島県)の海外供給が危機に瀕した中で 京薩摩は急激に輸出量を増大させていきました。 洗練された優雅な作品には伝統の奥深さが感じられます。 |